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My Turning Point~広島アスリートが語る転機の物語~
【第5回】ヴィクトワール広島・小野寺玲選手

新たなスポーツの楽しみ方を提供する、広島横断型スポーツ応援プロジェクト、通称『Team WISH』。プロ野球やJリーグをはじめ、数多くのトップスポーツチームを有する広島県ならではの取り組みとして、日々、各チーム・選手の魅力を発信している。

本連載では、Team WISHに参加する全25チームの選手・関係者に、「自身にとっての『ターニングポイント』とは」をインタビュー。                                                            競技や人との出会い、試合やできごと、忘れられない「あの日」、誰かの言葉……競技人生に影響を与えた転機をめぐる物語から、選手の新たな一面にフォーカスしていく。

連載第5回目は、広島を拠点に活動する自転車競技チーム・ヴィクトワール広島から、小野寺玲(おのでら れい)選手が登場。2022年には年間個人総合優勝を果たしたスプリンターは、プロ11年目となる2024シーズン、広島に電撃加入しファンを驚かせた。『オノデライダー』のニックネームで親しまれる小野寺選手が経験した、競技人生のターニングポイントとは。

◆チームメートだった“不死鳥”増田成幸選手の背中を見ながら走って学んだもの

ー小野寺選手が自転車競技を始めたきっかけから教えてください。

「もともとはバイクの免許を取りたくて、その練習という名目で中学生のころに、マウンテンバイクで近所の峠道を走っていました。そのうちにだんだん自転車そのものに惹かれていき、宇都宮で開催される『ジャパンカップ』という世界的な大会を見て、自転車競技の世界があることを知ったんです。そこからプロの選手になりたいと思い、当時住んでいた栃木県内で自転車競技部が一番強かった作新学院高校に進学しました」

ー高校卒業と同時に栃木県内のチームでプロデビューしたあと、強豪・宇都宮ブリッツェンに移籍されました。

「プロ2年目の年に、ブリッツェンから声をかけてもらいました。すごくうれしかったのですが、同じくらいプレッシャーもありました。ブリッツェンは日本一のチームなので、その中で自分の居場所をつくれるだろうか……と。それができなければ次の年にはクビの危機が迫るというスポーツなので、不安はありましたね」

ーしかし、宇都宮ブリッツェンには2016年から2023年まで8年間所属されました。

「ブリッツェン時代にチームメートだった、増田成幸選手(現在はJCL TEAM UKYO所属)のおかげです。増田さんは2021年の東京五輪にも出場した選手なのですが、一緒にトレーニングをしたり、指導をしていただきました。その中で『今は何かに特化するよりバランスよく総合力の底上げをして、勝てる選手になろう』と話して、そのためのトレーニングを一緒に考えてくれました。増田さんがいなければここまで長く続けられなかったし、これほど成績が出せる選手にもなれなかったと思います」

ー小野寺選手にとって、増田選手との出会いが大きかったのですね。

「はい。増田さんは、僕が一番尊敬できる人で、僕の選手生命を語る上で欠かせない人物の一人です。4月にレースで転倒してケガをしたときも、増田さんに会うために弾丸で帰省しました」

ー増田選手自身も、病気やケガを克服して『不死鳥』と呼ばれる方ですね。参考になるお話が聞けたのではないでしょうか?

「そうですね。ただ背中を見て走るだけでモチベーションが高まるような存在なので、ケガに関して何か話を聞くというより、不死鳥と呼ばれる所以たる強い気持ちや走り方を、直接見て感じるというのが一番のリハビリだった気がします」

◆地元のレースで勝つことは特別。広島の地元選手として勝って、感動を味わいたい

ー自転車ロードレースの魅力は、どんなところだと思いますか?

「強い人が、強さだけで勝てるスポーツではないところでしょうか。ロードレースは、エース選手を勝たせるために他の全員が己を削り、自分を犠牲にしてアシストするというチーム競技です。そうした『アシストの美学』のようなところに魅力を感じていたので、僕はもともとアシスト選手を志望していました。それから、選手と観客との距離が近いのも、ロードレースの魅力の一つだと思います。沿道の応援の声もダイレクトに届きますし、観ている方も楽しいと思います」

ーでは、小野寺選手ご自身の魅力は?

「平坦なコースでのスピードレースを得意としているので、そういったレースでの活躍は1つのポイントかなと思っています。あと、1位でゴールする時はポーズをするんですが、毎回違う自分だけのポーズをするということに関しては、一定の地位は築けているかなと思います」

ー小野寺選手といえば、勝利ゴール時に見せる仮面ライダーの変身ポーズのような『オノデライダー』ポーズが有名ですね。ポーズにもさまざまなバリエーションがあるそうですが、ご自分で考えているんですか?

「そうですね。アニメが好きなので、いろんな作品を見ていて良いポーズがあると『自転車の上でできるかな』と試してみます。残念ながら、最近は全く勝ててないのでポーズのストックが溜まってしまっているんですが……(笑)」

ー7月の広島大会では、新しいポーズが見れることを楽しみにしています。小野寺選手は今季から広島へ移籍されましたが、加入までにどのような経緯があったのでしょうか。

「去年がちょうどプロ10年の節目で、実は2023年のシーズン終了後に引退を考えていたんです。ただ、ヴィクトワール広島の中山卓士監督が熱心に誘ってくださったので、自分に期待して価値を見出してくれる人がいるのに辞めてしまうのはもったいないと感じて広島への移籍を決めました。ファンの皆さんも僕にすごく期待してくれているようで、歓迎してもらえてうれしかったです」

ー実際に広島に来てみた感想はいかがですか。

「美味しいものがたくさんあって、特に自分が大好きな牡蠣をいっぱい食べられましたし、宇都宮の餃子屋と同じかそれ以上にお好み焼き屋が多いということもあって、食の楽しみが豊富な印象です。それから、広島は僕が大好きなカヌレを扱っている店がたくさんあるので、いろんな店の味を食べ比べるのも楽しみですね」

ー7月は、地元・広島で『2024佐木島ロードレース』、『2024広島クリテリウム』という、大きなレースが開催されます。4月にケガをされたというお話でしたが、6月の全日本選手権に続いて、復帰2戦目のレースとなります。

「全日本選手権はまだ体が仕上がっていない状態ではあったのですが、少しでも感覚を戻しておきたいと思って参戦しました。おかげで〝レース勘〟を取り戻せた部分もあり、課題を洗い出すこともできて、広島大会に向けてやるべきことがより明確になりました」

ーレースへの意気込みを聞かせてください。

「宇都宮でも地元開催のレースがあり、ブリッツェン時代は何度も勝利しているのですが、地元のレースで勝つことは、チームや自分だけでなく、ファンにとっても特別なことです。今度は広島の地元選手として勝って、あの感動をまた味わいたいという気持ちでいます」

ー広島で、小野寺選手の優勝ポーズが見られるのを楽しみにしています!

「はい、頑張ります!」

小野寺玲選手の【My Turning Point】
☆ 強豪・宇都宮ブリッツェンで共に走った、偉大な先輩・増田成幸選手との出会い
☆ 監督の熱意に心を動かされ引退を撤回。新天地・ヴィクトワール広島への移籍加入


小野寺玲(おのでら れい)

Rei Onodera

1995年9月3日、神奈川県横浜市出身、小学校6年生で栃木県へ転居。作新学院高校卒業後、2014年に那須ブラーゼンでプロデビューし、2016年、国内プロツアーで何度も日本一になっている強豪、宇都宮ブリッツェンへ移籍。地元・宇都宮クリテリウム4連覇を含め数々のタイトルを獲得し、2022年シーズンは年間個人ランキング1位にも輝いた。戦闘機パイロットに憧れて自ら命名した「音速戦士オノデライダー」の呼び名は、自転車界ではすっかり定着している。優勝時に見せる「オノデライダーポーズ」はファンの間でも大人気。2024年から移籍したヴィクトワール広島のホームレース・広島大会は、7月27日の佐木島ロードレース(三原市佐木島)、28日の広島クリテリウム(広島市西区商工センター)の2日間。

◆チーム情報/ヴィクトワール広島
2015年に誕生した中四国初のプロ自転車ロードレースチーム。 国内最高峰のプロリーグ「Jプロツアー」に参戦している。昨年7月の佐木島ロードレース(三原市)で悲願の地元初優勝を果たし、2023シーズンはチームランキング2位で終えた。2024シーズンは、佐木島ロードレースの連覇と広島クリテリウム優勝、年間を通してのリーグ総合優勝を目指して戦っている。また、UCI(国際自転車競技連合)にも登録して国際レースにも出場し、今季は「ツール・ド・熊野」でレオネル・キンテロがステージ準V、「ツアー・オブ・ジャパン」ではベンジャミン・ダイボールが総合3位を獲得するなど存在感を示した。