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取材記事
My Favorite Numbers
〜数字が紐解く広島アスリートの素顔 〜
【第21回】福山シティFC・平松遼太郎選手
新たなスポーツの楽しみ方を提供する、広島横断型スポーツ応援プロジェクト、通称『Team WISH』。プロ野球やJリーグをはじめ、数多くのトップスポーツチームを有する広島県ならではの取り組みとして、日々、各チーム・選手の魅力を発信している。
本連載では、Team WISHに参加する全25チームの選手・関係者に、「自身にとって印象深い『数字』」をインタビュー。
競技人生における自慢の成績、好きな数字、ラッキーナンバー……数字にまつわる物語から、選手の新たな一面にフォーカスする。
連載第21回は、福山市をホームタウンとし、備後と広島県内全域を活動エリアとするサッカークラブ・福山シティFCから、平松遼太郎(ひらまつ りょうたろう)選手が登場。FC今治でキャリアをスタートし、二つのクラブで昇格を経験した平松選手が目標とする数字、そしてプロ初ゴールにまつわる思い出深い数字のエピソードを語ってくれた。地域リーグからJFLへの昇格、そして2030年にはJ1での優勝争いを目指すクラブでプレーする、平松選手が目指す数字とは。
◆自ら売り込み、練習生としてFC今治に参加。プロ1年目は駒野友一とともにプレー
ーこのインタビューは、さまざまな競技のアスリートに『数字』にまつわるエピソードをお伺いする連載です。まず初めに、平松選手がサッカーを始めたきっかけからお伺いできますか?
「サッカーを始めたのは5歳くらいの頃ですね。幼稚園の外遊びの時間に、遊びの一環でプレーしたのが最初だったと記憶しています。小学生までは他の子たちよりも背が高く、フィジカルでも勝っていたところがあって、FWとしてプレーしていました。ただ、中学生くらいで成長期が止まってしまって、なかなかそれまでのプレースタイルが通用しなくなったんです。当時所属していたチームの方に『DFをやってみたらどうか』と勧められて転向しました。そこからはずっとDFとしてプレーしています」
ー幼少期は、古橋亨梧選手(現・セルティック)とプレーされたこともあると聞きました。
「はい。中学のクラブチームで一緒にプレーしていました。校区も同じだったのでそれ以前からも知っていたのですが、まさかあんなにすごいプレーヤーになるとは思っていませんでしたね。なんだかすごく遠い人になってしまった気がしています(笑)」
ー平松選手自身は、高校時代は青森山田高に進学され、その後は岡山の環太平洋大に進まれました。卒業後は、FC今治に加入されています。広島に縁のある選手では、駒野友一コーチも当時FC今治に所属されていました。
「僕が入団したのと同じタイミングで駒野さんが入団されました。まさか同じクラブでプレーできるとは思っていなかったので、本当に驚いたことを覚えています。当時は橋本英郎さんもFC今治に所属していたのですが、僕はみなさんの活躍をテレビで見ながら応援していた側だったので、『こんな人たちとサッカーするのか』と思って、最初のうちはただのパス交換ですらガチガチに緊張していました。ただ、一緒にプレーするなかで学べたことは本当にたくさんあったので、少しでも駒野さんや橋本さんの域に達することができるような取り組みを、これからも続けていかないといけないなと感じるようになりました。駒野さんたちとプレーできたことは、本当に良かったと思っています」
ープロサッカー選手になりたいと思ったのは、何歳くらいの時だったのでしょうか?
「小さい頃からサッカー選手になるのは夢でしたが、本気でプロを目指すようになったのは大学3年生くらいからです。もちろん、それまでも漠然と『サッカー選手になりたい』という思いはありました。ただ、青森山田高でトップレベルの同世代の選手たちと対峙するなかでだんだん自信を失ってしまって……。実は一度、『俺、もう無理や』と、プロの夢を諦めたんです」
ーそんなタイミングがあったのですね。
「はい。もうプロは多分無理だろうから、教員免許を取ろうと思って、環太平洋大の体育学部に進みました。ただ、高校時代の同級生が関東や関西の大学で活躍している姿を見るうちに、もう一度『俺もやってやろう』という気持ちになりました。そして大学4年生のときに、監督とつながりのあったFC今治の関係者の方に『練習に参加させてもらえませんか』と自ら売り込みに行きました。そこから何度か練習に参加させていただいたり、練習試合に出場させてもらう機会があったのですが、なかなか内定とはならなくて。僕は就職活動をせずFC今治一本に絞っていたので、その期間は夜も眠れませんでしたね。サッカー部の監督から『今治から内定が出たぞ』と聞いたときは、本当にうれしかったです。FC今治は日本代表監督を務めた岡田武史さんが代表をされていましたし、そういう環境でサッカー選手としての一歩を踏み出すことができることに、ほっとしましたし、光栄に感じました」
◆「Jの舞台で活躍する」……自身が掲げた目標を実現するために、成し遂げるべき数字とは
ーまるでドラマのようなプロ入りまでのストーリーですが、そんな平松選手の印象に残っている数字を教えていただけますか。
「『15』分です」
ー『15』分ですか。それはどういう背景のある数字なのでしょうか。
「これは、僕が前所属の奈良クラブで2023シーズンに試合に出場した時間です。僕が加入した2021年当時、奈良クラブのカテゴリはJFLでした。僕自身が奈良出身ということもあって、なんとかチームをJ3に昇格させたいという思いを持ちながらプレーして、念願かなって2023年にJ3昇格を決めたんです。ただ、この年はなかなか出場機会を得ることができないシーズンになってしまい、実際に出場した時間は『15』分。ただ、その『15』分でプロ初となるゴールを決めることができたんです。その試合は奈良クラブが大量リードしている試合で、途中出場の僕は監督から『しっかり試合を締めてくれ』と言われていました。ただ、そこで無難なプレーをしていても、この先チャンスは来ないだろうと感じて……。絶対に、アシストなり、得点なりを決めてやるんだという思いでピッチに立ちました。本来であれば点差もついていたので、引いて守っていても良い展開です。ただ、僕はなんとか結果を残したかったので、味方がボールを奪った瞬間、ゴール前までスプリントをかけて飛び出し、最後はクロスをスライディングしながらゴールを挙げました。これがプロ初の得点になったんです」
ーその『15』分という時間のなかで、キャリア初となるゴールを決めたわけですね。他に、平松選手にとって思い入れのある数字はありますか?
「『30』と『4』という数字です。『30』は、『30歳まで現役を続ける』という目標から来ている数字です。僕はこれまで、ただ漠然とサッカーを続けるのではなく『30歳までにJ1でプレーする』という目標を立ててきました。2024年には28歳になるので、『30』歳までは残り2年です。その2年間でJリーグの舞台に戻りたいという思いは強いですし、そこから31歳、32歳……とJリーグで結果を残して、Jリーグで現役を終えたいという思いがあります。そういう意味でも、ボーダーラインとして決めている『30』歳は、思い入れのある数字です」
ーでは、もう一つの『4』はどういった数字でしょうか。
「僕はFC今治と奈良クラブで2回昇格を経験しています。先ほどの『30』歳までにJリーグに戻るという目標を実現するには、まずは今シーズン、地域リーグを勝ち抜いてJFLに昇格し、2025シーズンはJFLで優勝しJ3に昇格しなければなりません。FC今治と奈良クラブを含め、『4』回昇格することができれば、『30』歳までにJリーグに戻るという目標を達成することができます。そういう意味でも、『4』回の昇格は目標でもあり、思い入れのある数字の一つと言えると思います」
ーそうなれば、まさに昇格請負人ですね。
「僕のなかでは大きな目標ですが、現実的に叶えられる目標でもあると感じています。一つひとつ、福山シティFCというクラブといっしょにステップアップしながら、目標に向かって頑張っていきたいと思っています」
ー平松選手にとって思い入れのある数字は、プロ初ゴールを挙げた『15』分間のプレー、そして『30』歳までにJリーグ復帰、『4』回の昇格を成し遂げるという3つということですね。
「そうですね。福山シティFCをJ1まで押し上げることができれば、6回昇格を経験することになります。そうなれるように頑張っていきたいと思っているので、応援よろしくお願いします!」
平松遼太郎選手の【My Favorite Numbers】
『15』『30』『4』
平松遼太郎
Ryotaro Hiramatsu
1996年4月5日、奈良県出身。
ポジションはDF。青森山田高から環太平洋大に進み、2019年FC今治に加入。FC今治がJFLからJ3に昇格した2020年には7試合に出場した。2021年に当時JFLの奈良クラブに移籍し、20試合に出場。奈良クラブがJ3昇格を果たした2023年、福島ユナイテッドFC戦でプロ初ゴールをマークした。2024年、地域リーグの福山シティFCに完全移籍。自身3度目の昇格、そしてさらなる高みを目指し続けている。
◆チーム情報/福山シティFC
福山スポーツコミュニティクラブを前身として、2017年に誕生。『開拓と挑戦』『心の豊かさの創生』『次代のスポーツ文化の創生』をミッションとし、サッカーを通じて福山市民の熱狂・感動を生む唯一無二のクラブとなることを目指し活動している。将来的にはJFL、Jリーグへの参入を目指し、現在は地域リーグである中国サッカーリーグに参戦中。