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取材記事
“世羅”から挑む夢の都大路
広島で「駅伝」と言えば世羅をイメージする方が多いのではないか。「駅伝のまち」世羅町において、広島県立世羅高等学校陸上競技部は、全国高等学校駅伝競走大会で、男女合わせて10度の優勝を誇る駅伝の名門校である。
夏空が広がる世羅のまちで、憧れの舞台へ向け、ひたむきに練習に励む生徒たちがいる。その生徒たちを代表して陸上競技部女子キャプテン山際やまぎわ夏なつ芽めさん(3年)に、最後の「都大路※」へ懸ける思いを語ってもらった。
※都大路…幅が広い主要な道路のことで、全国高等学校駅伝競走大会は、駅伝発祥の地と言われる京都府の都大路を舞台にレースが繰り広げられる。
――世羅高校へ進学を決めた理由――
私が中学1年生の時、世羅高校が全国高等学校駅伝競走大会でアベック優勝したんです。それを見て、私も世羅高校で都大路を走りたいという思いが大きくなりました。当時陸上競技部監督だった岩本先生※にお話を聞くとさらに世羅高校で走りたいという思いが強くなったので、進学を決めました。
※岩本真弥(いわもとしんや)…2005年から2018年まで広島県立世羅高等学校陸上競技部監督として、全国高等学校駅伝競走大会で男子5回、女子1回の合計6回優勝へ導く。2019年にはダイソー女子駅伝部監督に就任する。
――そもそも陸上競技を始めたきっかけは?――
小学生の時にロードレースで1位になったらご褒美がもらえるって言われて毎日走っていたら、どんどんタイムが伸びて「走るの楽しいかも!」って思うようになったのがきっかけですね。その時は、短距離も長距離もやっていたんですが、中学時代のコーチの「長距離に向いている」という一言で長距離に本格的に取り組むようになりました。
――トラック競技での専門は?――
特にはないんですが、1500mと3000mに出場しています。トラックのシーズンが終わると駅伝に取り組むという流れです。
――トラック競技と駅伝の1番の違いは?――
トラック競技だと常に同じところをぐるぐる回るんですけど、駅伝はロードで行うので、上り坂・下り坂もありますし、コースの特徴を分かっていないといけないので、難しいなと感じることもあります。でもその分、上りが得意!みたいなトラックでは活かせない強みを出すことができるので、駅伝の方が面白いなって思います。
――駅伝は本番のコースで練習することが難しいと思うのですが、調整時に意識していることは?――
試走できるタイミングも限られています。特に全国大会の都大路は京都なので、本当に試走する機会が限られています。その1回でどれだけコースのことを理解して、コースの特徴を頭に入れられるかがカギとなってくるので、1回1回集中して取り組んでいます。
――これまで駅伝について語ってもらいましたが、その中でも山際さんが駅伝で1番面白いと感じることは?――
私は高校に進学し、1年生の時に都大路の4区を走ったんですが、今まで全国の経験がない人でも全国の舞台に立って、全国の雰囲気を味わえました。駅伝に出場することで、他校のライバルを見つけることもできましたし、またトラック競技ではタイムが負けている選手に、駅伝の区間だと勝てることもありました。駅伝だと、自分が持っているタイムよりも気持ちの強さが重要になるので、そこが面白いところだと感じています。
――陸上競技の中でも数少ない団体競技である駅伝ですが、チームをまとめる為に普段から心がけていることは?――
まずは目標を見失わないことです。あと、チームの底力を上げるためには、メンバー争いも必要なことだと思っているので、自分だけが頑張ればいいという考えではなくて、チーム全員で実力を付けられるようにしようと話しています。
――インタビューの中でも「都大路」という言葉が頻繁に出てきますが、やっぱり特別な思いがある?――
中学生のころからテレビでも見ていて、ずっと憧れの舞台ですね。1年生で初めて試走した時は「ここテレビでみたところじゃ!」って思いながら走ってました(笑)
――初めてその場に立てた時はやっぱりうれしかった?――
自分が1区を登っている時や、アンカーが競技場に入ってくる瞬間を見たときに興奮しました。今でも興奮するんですけど、1年生の時は特に興奮しましたね。テレビで見ていたところを実際に見ることができて、しかも走れているので、めちゃくちゃ興奮しました(笑)
――駅伝と言えば世羅町と多くの県民に根付いていますが、世羅町のみなさんから支えてもらっていると感じる瞬間は?――
普段、走っているときや通学中に「がんばれよ!」って言ってもらったり、駅伝シーズンになったら、横断幕やイルミネーションで応援してもらっているので、皆さんに支えられているなと感じますね。
――将来世羅のまちがどんな風になっていたら良いか?――
「駅伝と言えば世羅」、「世羅と言えば駅伝」と、全国的にもっとイメージが浸透するようになって欲しいです。
――将来世羅高校で走りたいと思っている子供たちへ向けて――
世羅高校は練習環境が整っているし、自主性を重んじる練習をするので、自分が「強くなりたい!」と思ったら強くなれる場所です。やる気が1番大事だと思っているので、しっかり目標をもって入学してきてほしいと思います。
――普段は寮生活ですが、どうですか?――
ご飯やお風呂の時間もメンバーと一緒なので、たくさん話すんですけど、自宅で生活しているときには味わえない時間ですね。この時間が、よりチームの絆を深めていると思います。
――1日だけ完全オフの日があったら何がしたいですか?――
部屋を掃除します(笑)
――チーム内のライバルも一緒に寮で生活していますが、切り替え大変じゃないですか?――
練習と寮生活の区別をしっかりつけるようにしていますね。自分で考えて走れるようにならないと強くならないので、月に1回チームでミーティングを開いています。その月ごとに、自分たちに何が足りなかったのかを話し合ったうえで目標を立てています。8月は「夏をしっかり乗り切る」「しっかり足づくりをする」という目標を掲げています。毎月ミーティングをしないとチームがバラバラになってしまうこともあるので、このミーティングでしっかり話し合うようにしています。
――今年度は新型コロナウイルス感染症の影響で学校に来られない時期がありました。その時のトレーニングは?――
自分で考えてできることからまず取り組んで、時々ダイソー女子駅伝部※の方と一緒に練習することもありました。でも学校で朝練もできないですし、(寮が閉鎖になり、自宅に帰っているときには)特に食事は苦労しましたね。寮の食事は、栄養バランスなどを管理したものなので、自分で管理するのは大変でした。自分自身の管理能力を問われていた期間だったと思います。自分の気持ち次第でトレーニングの質が変わってしまうので、自宅にいても、朝練をしていた時間からしっかり取り組むようにしていました。
※ダイソー女子駅伝部…「地元に恩返しと社会貢献がしたい」という想いから2019年4月に株式会社大創産業において創部された女子駅伝部。監督には広島県立世羅高等学校を男女合わせて6度優勝に導いた岩本真弥氏が就任。選手7名で活動している(8月5日現在)。
――先ほど山際さんも言われていましたが、ダイソー女子駅伝部と一緒に練習する機会ができましたが、社会人の方と練習する環境はどうですか?――
ダイソーの岩本監督は、1年生の時まで世羅高校の監督をされていてお世話になっていましたし、平村古都※選手は陸上競技部の先輩で一緒に練習を頑張っていたので、また一緒に練習できるのは嬉しいですね。トップ選手の方と一緒だと走っている時の雰囲気も違うので、貴重な経験です。
※平村古都(ひらむらこと)…ダイソー女子駅伝部所属。広島県立世羅高等学校陸上競技部出身で1年生から全国高等学校駅伝競走大会に出場し活躍する。
――最後にチームとしての目標と個人の目標を教えてください。――
1、2年生の時に都大路を走らせてもらったんですけど、あまりいい結果が残せなかったので、個人としてまずはチームを勢いづける走りがしたいです。2年間都大路では悔しい思いをしてきたので、チームの集大成として「やりきった!」と思えるようにしたいと思います。
陸上競技の中で数少ない団体戦である駅伝。日本発祥のこの種目は冬の風物詩ともいえるだろう。学校名の入った襷を繋ぎゴールを目指す。アップダウンの激しいコースを走るため、脚力だけでなく精神的な強さも必要になる種目だ。
「洗濯した靴下などを部屋に投げ散らかすか、どんなにしんどくても干すまでやりきるかが勝負よ!と生徒に伝えています。」この一言が、世羅高校の強さたる所以だろう。「10秒、15秒でできることをやりきるかどうかは自分との戦いです。この日常の「やればできる小さな努力」の積み重ねが大きな成長につながると思っています。まずは人として育てることが大事なんですよ。」そう笑顔で語るのは、山垣内校長。日ごろから生徒たちに目を配り、親身になっているのが伝わってくる。
学問と武道は別物ではなく、学問を極め何が正しいかを知ることは、武道のきびしい修練を積み人として向上することに通じる。世羅高校の校訓である「文武不岐」は、学問やスポーツを通じた、世羅高校の人づくりを体現している。
また町民が「今年は優勝できそうなんか?」「○○選手の調子はどうだ?」など、生徒たちに気軽に声をかけてくれることが、生徒たちのモチベーションにもつながり、日々トレーニングに励むことができているのだろう。
そして世羅町には財産ともいえる天然のトラック(練習場)がある。修善院というお寺から山中に分け入る起伏の激しいコースと、芦田川に沿って走る川土手コースがあり、修善院には、俊足の神様と言われる韋駄天(いだてん)が祭られていて、有森裕子や高橋尚子など日本を代表する一流ランナーたちのシューズが奉納されている。
この2つのコースは世羅高校の近くにあり、生徒は常にこのコースで練習することができる。まさにランナーの原点ともいえる場所だ。世羅高校陸上部に憧れて同じコースを走りたいと思い、県内外からランナーがやって来るほどだ。
そんな中、8月5日に世羅町と世羅高校、株式会社大創産業の3者は、「駅伝のまち 世羅」の更なる活性化に向けたスポーツ(駅伝)分野の連携協定を締結した。今後は、3者が相互に連携することで、世羅高校陸上競技部の選手や指導者の育成など、駅伝を核とした地域の活性化がより加速していくとこになる。
なぜ世羅で駅伝が根付いているのか。それはこれまで述べてきたように、世羅町の自然環境と町民たちの熱心な支援があったからだろう。
「しっかりしているし、はっきり発言します。ストイックな子ですね。自分で考えて行動するというのが染み付いているんですよ。」
そう彼女を紹介してくれたのは、中川監督。まさに「ストイック」という言葉を体現したかのような彼女の目指す先には「都大路」が見えているのだろう。
スポーツ界にとっても未曾有の年となっている2020年。大会が開催されるか不安もある中、夢の舞台である「都大路」に向け、彼女は世羅のまちを走り続ける。
広島県立世羅高等学校陸上競技部
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多くの実業団選手を輩出している県内屈指の駅伝名門校。全国高等学校駅伝競走大会では、男女合わせて10度の優勝を誇る。
本取材にご協力いただきました広島県立世羅高等学校及び陸上競技部の関係者の皆様、本当にありがとうございました。
(文・インタビュー 矢上/写真 向畑)